Category:人間社会’
食事 に感謝
世の中には様々な食事があります
私たちは一生に、何回の食事をするのでしょうか。
美味しいものを食べるというのは、幸せなことです。
食事には、栄養をとること、味を楽しむことなど様々な目的あります。
世界中の人が食事をします。
地域によって食材が異なります。
文化の違いで調理方法が変わります。
気候の違いで味付けが変わることもあります。
宗教上の理由により口にすることができないものがある場合もあります。
毎食、私たちは異なる味を求め食をします。
同じものでは味覚が麻痺し、楽しめないからでしょう。
食事は補給だけでなく、楽しむためにもあります。
人間は動物とは異なり、いろいろなスタイルで食事をします。
美味しいものを買って食べることができます。
調理をして、好みの味にすることもできます。
分量を調節して食べることができます。
こうしたことができるのは、人だからです。
もちろん、世界中の人がこのような食事ができているわけではありません。
食べ物が満足に供給できていない地域もあります。
そうした人たちは満足な食事にありつけることはできません。
私たちがこうした毎日食事ができていることは、とても奇跡的なことです。
様々な食材が流通し、ガスや電気が整備され、調理道具が開発されています。
家以外でも、レストランがあり、コンビニなどがあり、どこでも食事にありつけることができます。
このような奇跡的なことを当たり前だと思わず、1つ1つに感謝していきたいものです。
私たちは命をいただいています。
魚や動物、植物や種子など、様々な命を頂いています。
そうした食べ物を口にすることができてはじめて、私たちは人としての体を維持できるのです。
「いただきます。」
様々な奇跡をいただいています。
文字 に感謝

太古から文字が使われていました
文字のない世界を想像してみましょう
人が何かを伝えようとした結果、文字が生まれました。
様々な情報を人と人との間で交換し共有し記録されています。
文字が文明を産んだのでしょう。
それぞれの文明で言語が異なるように、文字も異なります。
文字は絵などが変化したものだと言われています。
最初は絵で記録したり会話していたのでしょうね。
古代の象形文字はそうした文字のルーツをうかがうことができます。
誰かが大変な思いをして、共通の文字というものを決めたのでしょう。
そのエネルギーと作業は想像を超えます。
日本では、ひらがな、カタカナ、漢字、数字・・・さまざまな文字を自由自在に使っています。
形もさまざまで、とても面白いですね。
文字があるからこそ、私たちは通じ合えるのでしょう。
電気 に感謝
私たちの生活に、電気で動いているものがいくつあるか想像してみましょう。
私たちの生活は、電気で支えられています。
生活を見渡せば、本当にたくさんのものが電気で動いています。
そして、電気とは関係がなさそうな多くのであっても、製造や運搬などの過程を含めれば、
どこかで電気のお世話になっています。
朝の目覚まし時計に始まり、ドライヤーからヒゲ剃り、携帯電話を持って電車に乗ります。
昼でも会社では常時照明がつき、電話が鳴り、コピー機が動き、パソコンが稼動しています。
夜になれば暗い夜道に明かりが灯り、各家庭で家の中に照明がつきます。
そして、テレビやラジオ、電子レンジやエアコンのお世話になっています。
普段の生活では電気を意識することもなく、そのありがたさを感じることはありせん。
でも、忘れた頃にやってくる停電がそれを実感させてくれます。
電気工事、事故、落雷など・・・停電は突然起こります。
停電になると人は、何もできなくなります。
夜なら、何も見えなくなります。
冷蔵庫などの常に電気を使っているものに意識が向き、いつ復帰するのか心配になります。
そして、時間を知ることさえも、私たちは電気のお世話になっていることに気づきます。
電気が発明される前の世界を想像するには、映画や歴史ドラマなどを見るくらいでしょう。
でも、電気のない実生活がをイメージできるか?というと、想像もつきません。
電気が供給されていることが当たり前で、電気がないというのはありえないのです。
ですが、電気は電力を作る発電の過程と、それを送電する仕組みがあって、
私たちの使える場所に届きます。
そして現代の発電は、そのほとんどを化石燃料に頼っています。
限りある資源を膨大に消費しながら、私たちの生活は電気によって成り立っているのです。
綺麗な夜景を楽しめるのも、暗闇の道を歩かなくてもいいのも、電気のおかげですね。
電気をつけるのも、電気を消すのも、私たちの意識ひとつです。